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東京高等裁判所 平成9年(ネ)1558号 判決

控訴人

株式会社メデューム

右代表者代表取締役

田中昇

右訴訟代理人弁護士

山岸洋

上田正和

被控訴人

長野弘明

右訴訟代理人弁護士

大塚達生

右当事者間の賃金請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

2  被控訴人

控訴棄却

二  事案の概要

1  本件は、不動産仲介業者である控訴会社に勤務していた被控訴人が、未払歩合給等の支払いを求めたのに対し、控訴人は、被控訴人は定められた仲介業務を完了することなく、中途で退職してしまったから、右歩合給の支払い要件を充たさず、したがって、被控訴人に対する支払い義務はないと主張して、これを争っている事件である。

原判決は、被控訴人の請求を認容したので、控訴人が不服を申し立てた。

2  そのほかの事案の概要は、次のとおり記載するほか原判決該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  控訴人

(1) 控訴人は、営業社員に対し、住宅分譲(土地売買契約と建物請負契約)の勧誘及び契約締結にとどまらず、その契約の履行完了に至るまでの一連の業務について一貫して従事させる責任体制を採っており、担当社員は、顧客からの土地の仲介手数料及び建築請負業者からの建物紹介料が現実に入金されたことを自ら確認の上、内部的に報告をしてはじめて歩合給が支給される仕組みとなっていた。このことは、契約伝票とは別に入金伝票を用意し、仲介手数料等の入金を自ら確認することを歩合給の支給条件と明示している社内通達からも明らかである。

したがって、契約締結後ほどなく自己都合により退職し、その結果として、前記の履行完了までの業務及び入金確認業務を遂行しなかった被控訴人は、歩合給支給の対象とはならない。

(2) また、本件において、被控訴人は、独自に顧客を開拓したものではなく、上司の監督のもとにその補助として顧客と接したことがあるにとどまり、顧客に契約締結を決意させたのは専ら当該上司の力によるものであって、決して、被控訴人の努力によって契約締結をみたものではない。

(二)  被控訴人

控訴人の主張は、いずれも争う。

(1) 控訴人が、控訴人の主張するような責任体制を採っていたということはない。控訴人は、宅地建物取引業を営む会社にすぎず、社内に設計、建築工事施工の部門もなく、建物建築を請負ったこともない。控訴人と顧客との契約書をみても、控訴人が単なる仲介人であることは明らかである。

控訴人において、営業社員に対する歩合給は右仲介行為の対価である手数料の金額を基準に定められており、文書上もこのことは明白である。担当社員による入金伝票の作成は、歩合給算定事務の円滑化のために行われているものにすぎず、歩合給の発生要件でもなければ、支給要件でもない。

(2) 被控訴人が関係した契約伝票のいずれにおいても、被控訴人一人が担当者と記載され、歩合給の配分率も一〇〇パーセントと記入され、上司の承認印が押捺されている。このことからして、被控訴人の仲介行為により契約締結に至ったことは明白である。

三  当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求は、全部理由があるものとして認容すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり記載するほか、原判決が「争点に対する判断」として説示するとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張について)

1  原判決挙示の証拠によると、原判決認定の事実を認めることができる。この事実によれば、原判決にいう本件甲の契約(城西商事株式会社を売主・建物建築請負人とし、西村喜能・西村雅夫を買主・注文主とする土地売買契約及び建物請負契約)及び本件乙の契約(中藤建設株式会社を売主・建物建築請負人とし、山内一・山内享子を買主・注文主とする土地売買契約及び建物請負契約)は、いずれも控訴人の営業社員としての被控訴人の仲介行為によって成約するに至ったものというべきである。

2  控訴人は、被控訴人は、上司の監督のもとにその補助として顧客と接したことがあるにとどまり、各契約は、専ら被控訴人の上司の力によって成約をみたものであって、被控訴人の行為によるものではないとの趣旨を主張するが、前記の認定事実に照らし、採用することができない(入社後間もない被控訴人に対し、上司が種々援助を与えたであろうことは推測に難くないが、そのような事実があるからといって、前記各契約が被控訴人の仲介行為によって成約をみたものと認定することの妨げとはならない。)。

3  また、控訴人は、控訴人においては、営業社員に対し、住宅分譲(土地売買契約と建物請負契約)に関する勧誘及び契約締結のみならず、履行完了に至るまでの一連の業務に担当として一貫して従事させる責任体制を採っており、担当社員は、業務完了後、顧客からの土地の仲介手数料及び建築請負業者からの建物紹介料が現実に入金されたことを自ら確認の上、内部的に報告をしてはじめて歩合給の支給要件を充たすのであって、このことは社内通達の規定によっても明らかであると主張する。

しかし、本件甲及び乙の契約書によると、控訴人が仲介人の立場を超えてその主張するような事項についてまで履行の責任を負うべきことが契約内容となっていることを窺うことはできない。また、控訴人の営業社員に対する歩合給は、文書(〈証拠略〉)上、右の仲介行為の対価として入金される手数料の金額を基準として定められている。そうであるとすると、その仲介行為によって契約を成約させた営業社員に対する歩合給の支給要件は、原判決が説示するとおり、仲介手数料が入金されること及び当該支払対象契約の停止条件が解除されることに尽きるものというほかはない(〈証拠略〉)。なるほど、手数料が円滑に入金されるようにするためには、控訴人としては、その主張するような場合の顧客との対応に様々配慮をするであろうことは理解できる。しかし、前記契約の性質上、担当社員がこれらの配慮までしなければ歩合給支給の要件を満たさないということには無理があるものというべきである。

なお、控訴人の社内通達(〈証拠略〉)には、営業社員が仲介行為によって契約を成立させた場合には、成約時に契約伝票を作成すること、手数料の入金があったときには入金伝票を作成し、上司の捺印を受けて業務部に提出すること、更に、歩合給計算書を作成し、上司の捺印を得た上で業務部に提出することが定められているが(原判決四頁九行目(本誌本号〈以下同じ〉67頁1段17行目)から同五頁四行目(67頁1段29行目)まで参照。)、自らの仲介行為により首尾よく成約を果たした営業社員に対し、その後退職したからといって歩合給を支払わないでよいとすることに合理的な根拠を見出すことはできないから、これらの定めは、当該社員が在職している通常の場合の歩合給支給の手続を定めたものとみるべきであって、当該社員が成約後退職した場合には歩合給を支給しないとの内容を表現するものとみることはできない。

よって、控訴人の主張は採用できない。

四  以上の次第で、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登美子 裁判官 田中壯太 裁判長裁判官淺生重機は、転補につき署名押印することができない。裁判官 小林登美子)

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